それは僕が5歳の頃だった。
僕は昔から父とロクに話したこともなかった。キャッチボールなども当然するはずもなく、ただすれ違いに生活を送るだけ。まるで思春期の女子と父の関係のようである。
そんな父が、まともに話しかけてきたのは5歳の頃が初めてだった。そして、最後だった。
「おい三朗よぉ、お前は…ストレスを発散するのは何が一番いいか知ってるか?」
当時5歳の僕だったが、ストレスという言葉はなんとなくだが意味は把握していた。言葉で説明しろと言われたら自分のボキャブラリー的に無理だが。
唐突だったので、僕は父の質問にどう返答すればよいのかわからず、とりあえず僕は”父へのイメージ”をそのまま言った。
「…パチンコ?」
父は常日頃パチンコで遊んでいるようなイメージがあった。おかげで年中金欠だったらしい。
「ちげぇよ」
だが、父はあっさりと否定した。
「パチンコなんてなぁ…金を稼ぐためにやるもんよ。楽しみとかなんかじゃない…てめぇはまだ大人じゃねぇからわかんねぇのさ、パチンコのロマンって奴は」
今思えばギャンブルにロマンもヘッタクレもあるかと突っ込むところだが、当時5歳だった僕はところどころの言葉の意味が掴めずなんとなくその台詞を受容していた。
「じゃあ…パチンコじゃないなら…お父さんのストレス発散って何なの?」
と、聞くと、父がにやけながらこっちを振り向き、
「知りたいか?」
と聞いてきた。僕はすかさず「うん」と返事をした。
「へへへっ、てめぇも友達と喧嘩してイライラしてる時ぁやるといいさ。俺の最大のストレス発散は…虫を殺すことなんよ」
「虫…?虫を…殺すの?」
「おうよ」
そのまま彼はこう言った。
「俺はむしゃくしゃするとよく殺戮衝動にかられるんだ。蟻の行列とかよぉ、蟻を一匹ずつ殺して崩していくのなんてすっきりするもんだ。なんつーかよぉ、自分以外のほかの生命ってのを掌握してるっつーか、生かすも殺すも自由ってな。そーゆー支配感に浸るのが最高のストレス発散だった。お前の頃からやってたよ、虫殺しは。それを人に話したら悪癖だのなんだの言われるが…まぁ、それでもやめられねーな。『むしゃくしゃしてんなら、殺せ』って、俺の信条にしてる…。まぁ、お前も嫌なことがあったら虫を殺すといい。すっきりするぞ」
当時の僕にしては難しい内容で、その台詞の意味を完全に理解できたのはもっと後になってからのことだった。
そのときには、父は警察に捕まっていた。
ついに虫だけでは飽き足らず、近場の女子高生をレイプし、その女子高生を殺めてしまったらしい。
同情なんてしなかった。そもそも、あの発言は常軌を逸していた。
僕は5歳のあの時、父の言葉を聞いてから試しに蟻を潰してみたが、潰した瞬間、蟻の内部から変な臭い液体が出てきたことに衝撃を受け、それ以降どんな害虫でも殺生は決してやらなかった。
あの所業の何がストレス発散なのか、未だに理解ができない。
しかし、あの父がいなければ、自分はこの世に存在しなかった。そう思うと正直、奇妙なものを感じた。
そんな父が我が家からいなくなって、三年の時が過ぎる。
〜コメント〜
まぁ、何かのプロローグ的な。どうでもいい話です。誰かこの続き考えてください。